「鯨」を使って、本当は何がしたいの?

オーストラリアを中心とした「自然派」団体が、捕鯨国日本に対してバッシングする記事や映像は目新しくない。環境問題のひとつとしてその保護団体がやっきになっている姿に、違和感を覚える日本人は少なくないはず・・・。

絶命の危機にある動物を救う、という理念はわかるが、そのやり方と固執さ・過激さに、政治的な匂い以外の何も感じられない。巷では人種差別主義まで持ち出されている。とある解説者は、「オーストラリアはホエールウォッチングで稼いでいる、商材がなくなったら困るから」とかいっていた。鯨に対する西欧の古い歴史や行いを指摘する声もある。正否は別にして、そういう裏をシニカルにみてしまう自分も否めない。(本問題は初心者なので、あくまで個人の感想よ)

2008年は、全世界的に「エコ」とか「環境問題」がキーワードである。それを大義にして、「草の根レベル」を利用して、相手を「おしこめる」ヤリカタはスマートではない。不必要な愛国心や反感をあおってしまうだけだ。主義主張はもっとスマートに行わないと、何を達成したいのかすらボヤケテしまう。過激になればなるほど、手段が目的化して、不必要な新たな溝を増産していく。とある国が、民主主義の名の下に戦争をしかけて失敗している例が頭をよぎる・・・のは私だけ?

ちなみに、うちの旦那は、「捕鯨反対」派。その論理にもかなり疑問をもって家庭内論議もしばしば。笑)やっぱり捕鯨反対派の人のほうが多いのかしら?私も大賛成派では決してないが、一方的な感じが否めないので、素直に反対できない・・・ところもある。

by mikisnet | 2008-03-14 10:50 | ひとりごと  

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